世に棲む音楽第6回「音楽におけるタテとヨコ – タテ(音色)編」:テーマについて

「誰も聴いたことのない音色をつくる」というのはやはり、ミュージシャンの第一目標だと思うんです。僕も曲をつくる時は、頭に浮かんでいる漠然とした「音色」がまずあって、それを形にするためにメロディなど各要素を考えるという順序になっている気がします。

では「音色」って、一体何でしょう?「タテとヨコ」の視点からざっくりまとめると、音色とは、時間(ヨコ軸)に沿って変化する倍音のことだと言えます。倍音というのは、ひとつの音に含まれているさまざまな高さの音のことで、あるバランスでまとまったその集まりを私達はひとつの「音色」と認識します。逆にいうと、ある「音色」はいくつかの高さ(タテ軸)の、倍音を持たない音(サイン波といいます)に分解できるということです。それは19世紀に数学者・物理学者のフーリエという人が考えたそうです。

かつて音色とは、演奏者に「くっついて」いるものでした。ルイ・アームストロングの音色は彼の音色であって、彼のコルネットという機材の音色ではありません。今だって歌を唄う人やアコスティック楽器の奏者にとっては、そうです。しかし僕のようなミュージシャンやいわゆるプロデューサーにとって、音色とは「機材で作る」ことのできる、自分の身体とは離れたものになりました。それでもそれを音色と呼べるのは、「音とは」ということを問い、試行錯誤を繰り返した人々の歴史があったからだと思います。

19世紀後半から20世紀前半でしょうか、美術の分野では「色とは・形とは」と表現の要素そのものを問う動きが生まれ、その結果として抽象的な表現が巻き起こりました。それと同様に音楽でも、「音色」とは何か、そして「誰も聴いたことのない音色」を作るために音そのものの成り立ちに切り込んでいこうとする動きが、クラシックでいう現代音楽や実験音楽、電子音楽といった分野となって起こりました。

それはしだいにポピュラー音楽にも影響を与えていきました。特に第二次世界大戦後は、音響技術の発達もあって(その多くは戦争の惨禍と引き換えにもたらされたものです)、ポップ音楽のスタジオや映画・テレビのサウンドトラックを作る現場で、「聴いたことのない音」のためにいろんな試みがなされました。なかでも僕が好きなのは、1960年代にBBCレディオフォニック・ワークショップで活躍したデリア・ダービシャー Delia Derbyshire です。ランプシェードを叩いたり、発振器を使ったり、テープレコーダのテープをカミソリで切り貼りして、たくさんの映像用音楽を作りました。その作業はとても数学的なものですが、それなのに(それゆえ?)彼女の音楽にはどこか別の世界に誘われるような色があります。インタビューを読むと、第二次大戦中だった子供の時に体験した空襲の警報音が自分の音楽に影響していること、女性だからという理由でレコーディングスタジオに就職できず、当時は「本編」の音楽制作とは「ちょっと違う仕事」と思われていた「劇伴」の世界に進んだことなどが書かれています。

その後のできごとで僕が重要だと思うのはやはりレゲエ・ダブの勃興です。彼らの素晴らしい点は、それまで高級なスタジオと機材でしか作れないと思われていた「誰も聴いたことのない音」を、街角のスタジオで中古の安い機材を使って実現したことでした(世に棲む音楽第1回)。特に1980年代中頃に起こったシンセを多用したダンスホールレゲエは、倍音の少ないサイン波で成り立っていて、まさに「電子音楽」としか呼べないようなトラックもありました。その影響を受けたロックのニューウエーブやヒップホップを経て、今僕たちは音楽を音色で語ることが普通になりました。でも逆に、「誰も聴いたことのない音」よりも「みんなが知ってる音」を作るために音色が使われているのでは、と思う場面にも出会います。

僕は、シンセを使ったレコーディングをする時は条件が許す限り、演奏する音色を新しく一から作っています。既にあるライブラリから選ぶのに比べて作業時間が大幅に増えますが、そうすることで曲にふさわしい「何か」を加えられると思うからです。僕が主に使うのは「FM音源」を搭載したシンセ(代表はヤマハのDXシリーズ)ですが、その発音のしくみは冒頭で述べた「さまざまな高さのサイン波を、時間軸に沿ってさまざまなやり方でミックスする」というもので、実は、電子音楽の理論をまっすぐ受け継いだ発想で作られています。メーカーはその点をまったく推してませんが……1986年に出版された「FM 理論と応用」という本もあって、それを読むと、当時のシンセ技術者の「音色作り」に対するポジティヴな姿勢が伝わります。今回の「世に棲む音楽」では、僕の音色作りの過程もごく簡単にプレゼンして、シンプルなサイン波から「音色」が生まれる様子を体験してもらおうと思っています。

トークゲストにキセルの辻村友晴さんを迎えたのは、ベースを弾き歌も唄う、つまり「タテ軸」の一番下と一番上を担当して、キセルの独特な「音色」を決める役割をずっと果たしてきたミュージシャンだからです。最近は楽器の自作もして、自分の身体に「くっついた」ものでありながら、兄弟ユニットのメンバーとしてそれをコントロールするという、両方の「音」を知っている人でもあります。そんな彼は音色というものをどうとらえ、作っているのか、ぜひ聞いてみたいですね。

前回の「世に棲む音楽」ではリズム・グルーヴの観点からロックンロールの誕生について考えましたが(シャッポ・福原音くん、ありがとうございました!)、デリア・ダービシャーのような人が心に描いていた「誰も聴いたことのない音色」は、戦争の時代を生き抜いた人々による「もうひとつのロックンロール」だったのではないかと、僕は思っています。今回の「世に棲む音楽」を通じて、ミュージシャンの「音色」に対する試み、たとえ無駄に終わってもやめない試みの理由に、少しだけ近づけたらと思ってます。

FM Theory & Applications 表紙より

イベントの詳細・ご予約はこちらです!
https://yonisumu0423.peatix.com