柴崎友香「続きと始まり」

コロナ禍や幾度もの震災からの「続きと始まり」の話かと思って読み始めたのだけど、物語はそれにとどまらず、もっと普遍的で、ある意味もっと身近なテーマに近づいてゆく。僕の周りにもたくさんいそうなごく普通の人たちの、2020年から2022年までの日々。大きな厄災の影は常にあるのだけど、そのことを声高に描くのでなく、そこから一歩だけ離れたところで生きる彼らが見つけてゆくのはむしろ、自分が今まで出会ってきた様々な壁や生きづらさのことだ。個人的にはその中でも親子・家族といった「血縁」のことが大きなテーマになっているように感じられた。でもそこは人それぞれかもしれない。
「百年と一日」が、音楽でいうと一分半のエクスペリメンタルな曲の中で時間と空間を飛び越えてゆくような作品集だったのに対して、今回の長編作品は、数名の(フルネームも性別もある)登場人物が実時間通りの生活をしながらいろんなことを思うという、柴崎さん本来の持ち味が最も活きたスタイルで書かれている。しかしこれまでの作品と違うのは出てくるエピソードの密度が際立って高いことで、そこは「百年と一日」と繋がっているのかもしれない。でもそれがあくまで「そういえばこないだ〇〇さんが言ってたんだけど」と友達や連れ合いから聞く話のように語られることで、突き詰めれば重いテーマが押し付けがましくなく、あるいは、自分の頭で考えなければならないこととして自然に伝わってくる。
僕自身はいまだに、この小説の扱っている期間を上手く振り返ることが全くできずにいるのだけど、淡々としているようでこれほど密度の高い物語を積み重ねることのできた柴崎さんのパワーは、やはりある種の「怒り」に裏付けられているのではないかとも感じた。登場人物の言葉にある「それを気に病んでいるわけでも、卑下しているわけでもないが、自分は道の真ん中をまっすぐに歩いている人ではないという感覚」を自分のことのように感じる僕としては、それをこのような物語で形にできることに、とても力づけられる作品だった。